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最高裁判所第三小法廷 昭和44年(し)44号 決定 1969年7月25日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、別紙記載のとおりである。

所論は、憲法三二条違反を主張する。しかし、憲法三二条は、すべて国民は憲法または法律に定められた裁判所によつてのみ裁判を受ける権利を有し、裁判所以外の機関によつて裁判をされることはないことを保障したものであつて、裁判を行なう場所についてまで規定したものではない。このことは、当裁判所の判例の趣旨に照らして明らかである(昭和二三年(れ)第五一二号同二四年三月二三日大法廷判決、刑集三巻三号三五二頁、同二七年(し)第八号同年二月二二日第二小法廷決定、裁判集六一号五四一頁参照)。

したがつて、本件において、松江地方裁判所が憲法並びに法律に定められた裁判所である以上、その裁判官が裁判所の庁舎外において勾留質問を行なつたからといつて、右憲法に違反するものでないことはいうまでもなく、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(田中二郎 下村三郎 松本正雄 飯村義美 関根小郷)

弁護人野島幹郎の抗告趣意

申立の趣旨

松江地方裁判所昭和四四年(む)第六三号決定は、これを取消す。

との裁判を求める。

申立の理由

一、事実関係として弁護人は次のとおり主張する。

① 昭和四四年六月一七日午前一〇時頃、松江地方検察庁検察官は被疑者につき、勾留請求をした。

② 同日午後三時すぎ、松江地方検察庁検察官は被疑者を取調べた。

③ そののち松江地方裁判所辻中栄世裁判官は松江警察署において勾留尋問をした(このとき被疑者は裁判所で尋問してくれる様、陳情ないし抗議したが無視された)。

④ 翌六月一八日午前一〇時頃勾留の裁判がなされた。

⑤ 同日午後三時三〇分頃弁護人は憲法第三二条違反を理由に準抗告を松江地方裁判所に対し申立てた。

⑥ 同地裁は六月一九日午後六時頃、右準抗告を棄却する決定をなした。

二、憲法第三二条の解釈

同条に「裁判所において裁判を受ける権利」という文言は、司法機関たる裁判所によつて、司法権に属する事項が処理されることを意味するのは勿論であるが、同時に場所について、裁判は原則として裁判所という庁舎において、なされるべきことを意味しているものと考える。

裁判が威信を重要な要素としていることは疑いのないところであり、威信の問題と場所の問題は深いかかわりを持つているのである。憲法が裁判の場所について何も規定せず、法律にゆだねているとの、松江地方裁判所昭和四四年(む)第六三号決定の解釈には承服できない。

裁判所法第六九条第一、二項は、右の憲法第三二条をふまえたうえで、立法されたものと解釈すべきであり、唐突に憲法がふれない事項につき、立法されたものと解釈すべきではない。民訴、刑訴、行政訴訟を含む一切の訴訟手続が原則として庁舎たる裁判所でなされているのも憲法第三二条をふまえての話である。

旧憲法二四条が「日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルルコトナシ」としていたのと現行憲法第三二条が「裁判所において裁判を受ける権利」としているのと、両者の文言の微妙な違いからも「裁判は原則として、庁舎たる裁判所においてなさるべし」という原則が導き出せる。

さらに、憲法七六条が、司法権の主体は裁判所であることを、明らかにうたつていることからしても、憲法三六条が、司法権の主体についてのみ規定したものという解釈(松江地方裁判所昭和四四年(む)第六三号決定の解釈)は承服できない。

三、憲法第三二条が容認する例外的事情とは何か。

右二記載の如く憲法第三二条が「裁判は原則として裁判所という庁舎においてなされなければならない」ことを意味するとしても、例外的な場合には、憲法も、他の場所を選ぶことを容認するものというべきである。

その例外的な場合とは、民訴・刑訴の手続で一般に認められている検証、臨床尋問、証人等が多数他の土地に住んでいる場合の尋問などが参考になる。

これらの場合は、いずれも庁舎を使わない理由が合理的に説明できるケースである。

また、逮捕状など令状の発布がときに深夜裁判官宅でなされることが、これらも合理的に説明できるケースである。

四、勾留の裁判も原則として、裁判所という庁舎でなされねばならず、勾留尋問も原則として右庁舎内で行なわれねばならない。

これは右二に記載したところから当然に流出する論理的帰結である。

その例外として、憲法が容認する場合を検討するに、前記三を参考にすれば、検察官の勾留請求が、非常な多数の被疑者についてなされる場合が考えられる。東京地裁ではいわゆる暴力学生の勾留請求がときに数百人に及ぶといわれるが、このような場合は、憲法も勾留尋問を警察署や拘置監で行なうことを容認するであろう。

しかし、そうでない場合には、原則に帰り全て、勾留尋問は裁判所庁舎でなされねばならない。

五、本件被疑者は右の例外の場合に当てはまらないから原則が適用されてしかるべきであつた。

弁護人が知りえた限りでは、本件勾留請求と同時にもう一件(被疑者石田信行)の勾留請求がなされているのみである。いかに本件被疑者がいわゆる暴力学生であるように思われる、といえども、その扱いは、余りに不当、不公平ではないか。

わずか二人の勾留請求の場合でも勾留尋問が警察署で行なわれる――このようなことが合憲ならば、今後一切の勾留尋問が警察署や拘置監で行なわれても、合憲ということになつてしまう。

最高裁判所はよろしく合理的な枠をお作り願いたい。

六、本件被疑者は、警察署で勾留尋問を受けるため、不利益を受けた。

勾留請求がなされた時点(本件では昭和四四年六月一七日午前一〇時)以降は裁判の時間である。この裁判の時間内に弁護人が被疑者と接見することはできる(刑事訴訟規則第三〇条)が検察官の取調べについては、明文を欠く。不当な取調べというべきである。

七、結論

以上の理由により、松江地方裁判所辻中栄世裁判官が昭和四四年六月一八日なした被疑者に対する勾留の裁判は憲法違反であるところ、右勾留の裁判を憲法違反ではないとした、同地方裁判所昭和四四年(む)第六三号決定は、憲法の解釈を誤つているものと思われるので申立の趣旨どおりの御裁判をいただきたく、この申立に及ぶ。

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